雑記やら拍手お返事やらSSやらを好き勝手に書いています。
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「なんであなたはそうなんです」
おれが思わずこぼした言葉に、アスハ代表は困ったように笑った──否、笑おうとして失敗した。
あまりにぎこちない引き攣った笑い顔のようなもの。こんな歪な表情をする女の人を、おれは今まで見たことがない。
「そう、とはどんな?」
「……頼りたかったら、頼ればいいのに。アスランだってあなたのことを心配してましたよ。今にも駆け寄りたくて仕方ないって顔してた。他の奴らはごまかせても、あの人が気が付かないはずがない」
「……よく見てるんだな、あいつのこと」
ちがう。
それだけ分かりやすくアスランの顔に出てたんだ。あんただってそれが分からないはずないだろうに、わざと気づかないふりをしている。
アスハは閉まった扉をじっと見つめていた。無表情を装おうとして、やっぱり失敗していた。
その金の瞳はたった今去っていった男の背を追っているのだろう。でもそれは視線だけで、決して声には出さない。出そうとはしない──この人がそういう人間であることを、今のおれは嫌というほど知っている。
「……むかしはあなたが何をしたいのかさっぱり分かりませんでした。なんでそんなに真っ直ぐなのに、まわりくどくやるんだろうって」
「今でも私を愚かだと思うか?」
「いいえ。そういうやり方もあるのだと理解しました。少なくとも今はあなたの信念を支持しています。だからおれはここにいるんです」
「そうか。──それならよかった」
アスハは胸の奥底に溜まった息を吐き出すかのように、消え入るような声でそう言った。口の端を持ち上げる仕草がやはりぎこちないのは、今にも泣き出しそうなのをこらえているからだと、今のおれにはわかる。
ついさっきまで頭の固い政治家たちと舌戦を繰り広げていた国家元首『カガリ・ユラ・アスハ』とは別人のような、ひどく頼りない姿だった。
こんな若い女がひとり、国の命運を握って文字通り身を削って生きている。今の世界はこの人が人生を捧げることを必要としている。そんなことを痛感させるような会議だった。護衛として参加していたおれや国防軍准将にもそれは嫌というほど伝わった。
己の利益のため弱者の血を流すことを厭わない連中と武器ではなく言葉で戦い、この人は身も心も憔悴しきっている。
最近はそれが顕著だ。 頬は痩せこけて、いつだって青白い顔をしている。おれが知っている限りではまともな休息もとれていない。
「頼りたかったら、頼ればいいじゃないですか」
おれはまた最初の言葉を繰り返した。
しかし代表は首を横に振った。
「それはできないよ」
「何故です? アスランはまだあなたのことが好きなんですよ。ずっとあなたの支えになりたいって思ってるはずだ。あなただって──」
細い指がおれの口元に当てられる。代表はおれの言葉を遮って、ふたたび首を横に振った。
「だめなんだ。私はアスハだから、とりで立てるようにならなければいけない。──あいつに頼ると、また弱くなってしまう」
「そんな……」
代表の表情に、おれは口を噤んだ。
くしゃりと歪んだ表情の、なんと痛々しいことか。
言葉とは裏腹に、視線はあの人が去った扉を縋るように見つめている。
その目を見たとき、おれは痛感した。
ああ──この人は、ずっとこうして捨ててきたんだ。
欲しかったはずのものを置いて、ひとりきり。
そんな置いて行かれた子供のような顔をして──。
「……ほら」
「シン?」
おもむろに両手を広げたおれを見て、代表が首をかしげる。
「今だけは、おれをアスランと思えよ」
はっと息を呑んだアスハに構わず、その体を引き寄せる。顔を見ないようにして体に両腕を巻きつけた。
こうすることに、他意も下心もない。おれはこの人にそんな感情は持っていない。
ただ──ただ、この人の姿があまりに小さく見えたから。泣いている子供のような頼りなさに、おれが耐えられなくなったんだ。
だからこうしたら少しは気が済むんじゃないかと思ったのに。
──腕に抱えたもののあまりの細さに、理不尽な怒りさえ沸きそうになった。
女の癖に、骨と皮しかないような細くかたい体。裕福な家の出で、質の高い生活を約束された身であるはずなのに、まるで満足に食べる物すら得られないのかと疑いたくなるほどの、痩せこけた姿。これが若い女の体なんて信じられなかった。
どうして──どうしてあんたは。
こんなになってまで、世界のために生きるんだ?
前大戦の最中、一度はこの人から離れて行ったというアスランの気持ちが、なんとなく分かるような気がした。アスランは好きな女を抱きしめるたびにこんな痛々しさを味わっていたんだ。それなのに代わってやることも分かち合うこともできずに、ただそばで見ていることしかできなかったなんて、アスランでなくても逃げ出したくなるに決まっている。
「……だめだ」
アスハがおれの胸に手を当てて、突っぱねようとする。しかしその力は本気ではなく弱々しくて、おれは手の力を緩めずにいた。
「あいつが相手じゃ、私は泣けない」
「……」
「だからおまえは──シンだよ」
──ならあんたは、おれの前なら泣けるのか。
そんなことを言いそうになって、おれは唇を噛んだ。
ず、と鼻をすする音がする。おれはそれに気づかないふりをして、じっと細い体を抱えていた。
ひとりぼっちで冷え切ってしまったこの人の体が、心が、ほんのすこしでも温まればいいのに。
でもきっと、それができるのはおれじゃないんだろう。
アスハはおれの軍服に顔を押しつけて、静かに泣き続けた。
愛する男がかつて着ていたものと、同じ赤色に縋り付きながら。
***
アスカガ前提のシンカガって最高だと思うんです。わかる人がいたら握手してほしい。
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